今日はひさしぶりの休日。ひさしぶりな気がする。いまふと、ゆずの“気になる木”が頭に流れた。そうとうしばらく聴いてないけど、声にだして歌ってみるとしっかり歌詞を覚えてた。これ好きな歌。
祖父の葬儀は、もろもろいろいろ儀式があって、なんとこんなにも段階を踏んで送り出さねばならんものなのかと、驚いた。いったい何回お焼香をすればいいんだと思うくらい、同じことを繰り返しているだけにも思えた。
てっきり祖父の家でやるのかと思っていたけど、なんたら葬儀社のホールで葬儀もろもろが行われた。親族の多さを見て、納得。それにしても7、8年ぶりに帰ったとはいえ、親戚の顔がわからなすぎる。はとこのこどもたちは可愛かった。
親族はみな東京より北のほうに住んでいるようで、関西は私たち家族だけだった。祖母の話す言葉は方言がきつくてほとんどわからず、なんとなく会話するのを避けてしまう自分が嫌だった。親戚というものと、普段は交流が薄くて、どの程度の親しさ、丁寧さで接すればいいのかわからなかった。にしても“祖母”はとても近いはずの人で、もっと近く接するべきだったと後悔している。この調子では、次に会うのは祖母の葬儀かもしれないと思うと、取り返しのつかないことをしてしまった気持ちになる。
葬儀は、親族の集まりらしい和やかさで、和やかだった。はじめは、悲しんでいる者が少ないように思えて、もっと悲しめよとなぜか落胆した。でもその後、要所要所で涙を流し、そこを過ぎればまた和やかさを取り戻す皆の様子は、それが正しいこの場の過ごし方に思えた。
私にとっての祖父は母にとっては父なんだと何度も思った。
好きに声を出せない場所は苦しい。大声で歌が歌いたかった。
ひさしぶりに見た祖父は、まちがいなく死んでいるひとの顔だった。死んでるなんて信じられないって言えたらよかったのに、それは生きてるようには全然見えなかった。もう祖父ではないものだと思った。
人が焼かれる匂いは、小さい頃父方の祖父が死んだときにはなんて嫌な匂いだと思ったのに、今回は嫌だとは思わなかった。そうだ、この匂いだ、と思った。隣にいた弟は、初めての匂いにとても嫌そうな顔をしていた。こういうのも、免疫ができるのかもしれない。
骨になった祖父と対面するのは緊張した。父方の祖父のお骨拾いはどんなのだったか覚えていなかった。
姉が、父方の祖父のときとはずいぶん印象が違うと言っていた。あのときはもっとしっかり人型に残ってて怖くて私もあんたも泣きわめいて、拾うのできなかったでしょう、と言ってた。そうだった気もしてきた。怖かったのは人型の骨自体ではなかった気もしていた。
田舎というのは山があって田んぼがあってっていうものなんだと思ってたけど、名取は山がなかった。どこもかしこも広々と見渡せた。
祖父と祖母の家はなつかしく、でも、記憶よりも小さく見えた。ひさしぶりに小学校に行ったら水道の低さやイスの小ささに驚く、あれと同じことだ。私は中3のときに一番背が伸びた。きっとそのせいだ。
この家の匂いがした。なつかしい。姉もそう言った。
はとこの5歳の女の子と仲良くなった。ほんとに可愛かったけど、自分が可愛いことを知っているふるまいだった。気をつけないと女に嫌われる女になってしまいそうで不安だ。女は何歳でも女だ。自分のことを振り返ってみても、5歳の私と今の私はそう変わりない。
しかし疲れたよ。早く大阪に帰りたかった。関西弁のあふれる場所に行きたいと思った。
私の耳はどうにもダメで、飛行機では耳がもげるかと思う激痛がはしるので、乗るのには覚悟がいる。忘れてたけど、行きの空港で森田剛と岡田準一に会った。しばし姉とミーハーになった。はしゃいじゃったよ。
帰りの飛行機は耳がめずらしく痛くなかったけど、とても揺れた。おそろしかった。
バイトはなかなか楽しいけれど、ミスが多い自分にへこむ。
おなかすいた。
先程祖父が亡くなりました。
母親の実家は宮城にあるので、11、12日に飛行機でビュッと飛んで行ってきます。11日は「母の日」じゃないか。やなかんじだ。
お通夜は死んだ次の日にやらなきゃいけないもんなんだと思ってたけど違うのね。
宮城のことを仙台と、愛知のことを名古屋と、どちらも自分のゆかりの県であるのに最近ついそう言ってしまうのが嫌だ。母の実家は名取市だし、私は豊田市生まれの岡崎市育ちだ。最近よくニュースで見るね。
え・・・・・・・12日大喜利猿・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まじでか・・・・・。
最近悲しいこと続きなのに。まだ続けるのかぁ。
笑わせてはくれないらしい。
昨日までは、毛深い男はイヤ!!って思ってたんだけど。
今日は、胸毛っていいかも…って思ってしまった。
地下鉄の券売機の取りだし口にゴージャスなつけまつげが置いてあってひびった。
何かの生き物かと、、、